有線で、当時流行していたスピッツの曲が流れていたが、その歌詞は少しも頭に入ってこなかった。
俺さ、男も女もどっちもイケるんだよな、と目の前のゾーイが雀卓の上に万札を5枚、並べた。
「どーよ。お前、これでひと勝負しねぇか?」
「どういう意味?」
「お前が勝ったら、この5万はお前のもの。俺が勝ったら、お前は俺の言うことを聞く」
「言うことって?」
「まぁ、具体的に言うと、お前は俺とすぐそこのホテルに行って、一緒にシャワーを浴びて、俺のアレをしゃぶったりするわけだ」
待て待て、なんだって?
なんでおれが、そんな勝負をしなきゃならないんだ?
こいつはいったい、何を喋ってる?
「いや、おれはそんなのヤダよ。なんでアンタとそんなことしなくちゃならないのさ」
「だってお前、かわいい顔してるしよ。見てみたいんだよなァ…お前が、ケツ掘られてどんな顔になるかとかよ…」
冗談じゃない。
まだ女ともしてないのに、童貞より先に処女を失ってたまるか。
「ざけんなよ、おれはそんな趣味はね」
言いかけたところで、ゾーイに胸ぐらを掴まれた。
続くはずだった「えよ」の言葉は、音にならずに喉の奥に引っ込んだ。
「おい、ボーヤ。ここまで来といて、勝負もせずに帰れるわけねぇだろ!」
突然のゾーイの変貌に、僕は思考が停止していた。
だがやがて、コイツの一物をしゃぶらされるよりは、殴られるほうがマシだ、と判断した。
僕もゾーイの腕を掴み、やってやろうじゃねぇか、となったところで、奥の卓から店長らしき男が立ち上がってやってきて、ゾーイの頭をスパン! と音を立てて叩いた。
「店ん中でそういうのはヤメろっつってんだろ! ガキ相手に凄んでどーすんだ。おい坊主、お前も手ェ離せ」
言われて、ゾーイの腕を掴んでいた手を離した。
ゾーイも、僕の胸ぐらを掴んでいた手を引っ込めた。
クシャッと伸びたシャツを、整える。心臓が、バクバクと音を立てていた。
店長は、床に置かれていた僕のバッグを拾い上げて押し付けるように僕に渡してきた。
「こんなところに迷い込んできて、懲りただろーが。さっさと帰れ」
怖くないと言えば嘘になるが、僕の中で、逃げたくないという感情の方が強かった。
「いや、帰らないよ。このゾーイさんと、勝負するまではね。でも、チンチロは嫌だ。それに、ケツを賭けようとは思わないよ」
僕がそう言うと、当のゾーイはなぜか嬉しそうな顔をした。
「なんだお前、案外根性あるじゃねーか。分かった分かった。そんじゃ、麻雀にしようや。相手してやるよ」
「言っとくけど、普通のレートだよ。さっきみたいなのは、ナシだからな」
「分かったっての。でもよ、ちょっと触るくらいならイイだろ?」
「良くねーよ」
「じゃあ見るだけ」
「はぁ?」
「俺が勝ったら、チンコ見せろよ。それくらいならイイだろ?」
「何がイイんだよ。じゃあおれが勝ったらどうすんだよ」
「ま、チンコ見るだけだから、5000円だな」
「ヤダよ。なんだそれ。ねえ、この人いつもこんなんなの?」
僕は助けを求めて、店長に話を振った。
だが店長は、「まぁな。でもイイじゃねーか。見せるくらい」なんてことを言って、暢気に煙草を吸っている。
別に自分の性器を、自分と同じ男に見せるなんてことは、銭湯では普通にやってることなんだから大したことでもない、とも思う。
だが、自分が目の前の男から性的な目で見られているとなると、話はまったく違ってくる。
もしかして、男に値踏みされる女ってのは、いつもこんな気持ちなのだろうか。
「つーか今日初めて会ったばかりなんだしさ、いきなりそんなこと言われても、おれだってヤダよ。そんなに見たいなら、おれが見せてもイイかって思えるような間柄になってから、もう一度勝負すりゃイイじゃん」
苦し紛れにそう言うと、ゾーイはようやく納得したようだ。
奥の卓が一区切りついて、店長ともう一人が抜け、僕とゾーイが卓についた。
「俺、このボーヤのこと狙ってるからよ」
ゾーイは、他の二人にそんなことを宣言した。
僕の対面がゾーイ、下家にいるのはストライプジャケットを着たホスト風。上家の中年男は、武器か何かですか? と尋ねたくなるような太い金のネックレスをしていた。
ホスト風の男が、卓の中央のボタンに触れ、サイコロがカラカラと、音を立てて回り始めた。
(続く)